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「欠損」とは

普通の人は、自分が不安に感じたら、
周りの人に助言を求めたり、
自分の話を聞いてもらったりして
「人に頼る」ということをするのだろう。

人に頼って力をもらった人は、
「人に頼られる」人になるのではないだろうか。

私は、母の入院に際して、
普通は感じるであろう「不安」を感じていなかった。
それが感情面での「欠損」。

そして、「人に頼る」ことをしない(or できない)。
これが行動面での「欠損」。

そもそも感じてないから行動しないのか、
行動できないから、感じないようにしているのか。
卵が先かニワトリが先か、みたいなもので
どっちが先とも言えない気がする。

そして私がやっと「困った」と感じれるのは
いつもだいぶ先になってからだ。
その時には、何がどう困ったのか人に説明することも出来ず、
人から助けてもらうことも出来ないので、
結局いつも、自分でなんとかしてきた。
いや、何にもしないでやり過ごしたことも多々ある。

そのことで、普通の人がする経験をしていないので
それが新たな「欠損」となっていく。

図らずも、母の入院で自分の「欠損」が明確になった。
ここはすごく実感するところ。
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母の急な入院で

年末のある日の夜、母から電話があり、
「足がしびれて歩けないので、明日病院に連れていってほしい」
と連絡があった。

「めんどくさいなぁ」
「仕事あるんですけど・・・」
「またまた、大げさに言ってるだけじゃないの?」

そう思いながら、私は翌日重い腰を上げて、
母を病院に連れていったのだが、
母は最初から脳梗塞を疑っていたようで、
腦の検査をしたところ、母の予感は当たっていた。

そのままその病院に入院となってしまい、
入院の準備は、私が代わりにすることになった。

長い間同居していなかったため、
家の中は何がどこにあるかも分からず、
母の記憶も曖昧なのと、荷物が多すぎるのもプラスされ
あれやこれやと探しまわって、
やっとのことで支度をして再び病院に荷物を運んでいった。

すると、今度は入院の説明や今後の治療のことなど
たくさんの話を聞いて、
誓約書や保証人などの書類に一つ一つサイン。

その日は年内最後のセッションの日で、
肉体的にも精神的にもかなり疲労していたため
セッションを休ませてもらおうとも思ったが
りんりんさんの計らいで、
短時間だけセッションに参加させてもらった。

りんりんさんは、私が感じているであろう「不安」を察して、
このような配慮をしてくれたのだけれど、
私は「しなければならないこと」をこなすのに精いっぱいで、
正直、不安を感じる暇はなかった。

それでも、セッションで
家族が同じ脳梗塞になったという話や、
福祉や介護の話題も出て、
今後、私の身に起こるかもしれないことを
前もって聞くことが出来たことは、
セッションに出て良かったと思うことの一つだ。
(つづく)
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リセット癖

ここ最近、感じていることは、
23年前に離婚したにも関わらず、
前の結婚についての決着がまだついていなかった
ということだ。

元旦那に対して、
結婚当時に抱いていたマイナスの感情が
まだ私の中にくすぶっている。

私は離婚のタイミングで仕事を辞め、
実家の両親と暮らし始めたから、
それらを吐き出すタイミングや
吐き出す相手も見つからないまま今に至っている。

セッションを受け始めて、
元旦那についての周りの良い評価を聞くたびに、
なぜか悔しい気持ちになっていた。
私しか知らない、元旦那の悪行を
みんなの前に晒したい衝動にかられてしまうのだ。

しかし、それも本当はしたくない。
見苦しいことだと、頭の中では思う。
だから、新しいパートナーを見つけて、
リセットしようとしてたんだと思う。

つまりそれは、離婚自体を無かったことする行為であり、
離婚に向き合わず、終わらせようともしていないことだった。



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「じぃじの皮」

私が幼稚園のころ、母がよく作っていた料理。
アジに衣をつけ油で揚げて甘酢で炊く。
料理名は知らないが、私は「じぃじの皮」と呼んでいた。

じぃじとは魚の幼児語。
皮は魚の皮。

私はその料理が食卓に上るたび、
魚の皮をはがして食べていた。
皮は甘酢の味が濃厚だった。

アジの身は母がむしってくれた。
食べると時々骨がのどに刺さって痛かった。

口を開けて大泣きする私に、
オロオロする父と母。

左隣に座っている父は、
ご飯を丸呑みすると治ると言い
言われたとおりにやると
すっかり骨がとれた!
顔を見合わせてにっこりと笑う父と私。

また別の時は、
泣きながらご飯を何度も呑みこんでも
骨がとれなかった。

正面に座っている母が
身を乗り出して、私の口の中を覗き込む。
そして指を突っ込んでおっきな骨を取り出した。
「見てごらん、こ~んなにおっきい骨!」
一仕事終えてお互いに顔を見合わせる母と私。

のどが痛くて泣いていたのに、
なぜかほっこりした気持ちになる食卓の記憶。
父と母に囲まれて、嬉しい夕ご飯の光景だ。

それ以来、私は甘酢で味付けした料理が好きだ。
アジの南蛮漬けや酢豚は
面倒でも作って食べている。

自分の好みの味付けのルーツには、
幼いころの記憶がしっかり根付いていた。

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喪失感と拒絶

(セッションと振り返りの覚書)

私の喪失感とは、
自分らしさを喪失していることだ。

好きなモノ、趣味・嗜好が分からず
一体自分は何処に立っていて、
何処に向かっていきたいのか。
目的が定まらず、ただそこにうつろうだけ。
私の空虚さはここからくるのだと思う。

喪失感は、拒絶されたことから生まれる。
そもそも、自分らしさが培われる場所は
家庭であり、母親である。
しかし、そこはありのままの自分が拒絶され、
偽りの自分が受け入れられる場所であった。

やがて、拒絶されることに怯え、
人を拒絶していく日々を繰り返し、
ますます喪失感を深めていくことになった。

この循環を断ち切らなければならない。
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プロフィール

けい

Author : けい


大学生の息子と暮らしています。
あなここでACの回復を目指しています。

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