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毒親かどうかは紙一重

NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』を観ています。

主人公は「鈴愛(すずめ)」という名前の女の子。
彼女が生まれてから、どのように育ってきたのか
丁寧に描かれていて、
時代背景が懐かしいのもあり、
いつも自分自身と重ね合せながら見ています。

鈴愛は片耳が聞こえません。
そのことを母親は不憫に感じています。

鈴愛が高校3年生になり、就職先を探しているのですが、
試験に片っ端から落ちてしまいます。
そこで、母親は内緒で、おじいちゃんのツテを頼って
農協に就職できるようにお願いしました。

一方の鈴愛は、就職先を探しながら、
自分の好きな漫画家への道を見つけようとしていました。
そして、農協への就職を断って、東京へ行こうとします。

母親「あんたが東京へなんかでやっていけるわけがないやろ?」

私自身も母親から似たような言葉を聞かされました。
なので、ドラマの中でこのセリフを聞いたときには
ムキッとなったものです、笑

ここで親子のバトルが始まってしまうのですが。。。

このときの母親の心情を察すると、
ざっとこんなところ↓でしょうか。
○娘を憐れんでいる。
○片耳が聞こえないから就職先が見つからないと思う。
○娘を自分の手もとに置いておきたい。
○就職の世話をしてくれたおじいちゃんに悪い

これだけ見ると、毒親そのものです。
しかし、鈴愛の母親に毒親らしさは感じられません。

この差はどこからくるのだろうかと考えてみました。

◇家族内での風通しのよさ
鈴愛・父・母・弟・祖父の5人家族ですが、
娘の問題を、母親を中心に弟やおじいちゃんも巻き込んで
みんなで考えている。

◇家族ぐるみでお付き合いしている別の家族の存在
母親が自分の家族の問題を素直に打ち明け、相談している。

地域性もあるのかもしれませんが、
とにかく町内全体が風通しがよいのです。
母親は娘の気持ちも聞き、人の意見も聞き、
最終的には娘を東京に送り出す覚悟を決めます。

毒親になるかならないかは、本当は紙一重なのかもしれません。
要は人の話を聞ける人間なのか、ということだと思います。

鈴愛自身も耳の障害をちっとも否定的にとらえず、
「私にはこういう風に聞こえる(見える)よ」と
大人たちに素直に伝えようとします。
それがタイトルの「半分、青い。」です。

私はこう感じる。
私はこうしたい。

考えてみれば、鈴愛はいつも自分軸でした。
そういう風に育ったのも、母親がいつも
娘の話をよく聞いてあげたからだろうと思います。


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