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髪切り事件

私が小学校1年生の時の話である。

私はそれまで髪の毛を切った覚えはなく、
当時お尻の下まで髪の毛が伸びていて、
それを、毎朝母が三つ編みにしてくれた。

物心ついたときからそうやってきたので、
極々当たり前のことだったが、
自分の髪型に私の意思は存在しなかった。

ある日、学校でクラスメートとふざけ合っていて
髪の毛を止めるゴムが外れてしまった。
三つ編みがほどけてしまい、
私はどうしたらよいかわからず、先生のところに
「三つ編みがとれた~」と言いに行った(と思う)。

すると先生は母と同じように三つ編みを編んで、
元通りにしてくれた。

後日、母は私の髪をバッサリ切ってしまった。
繰り返すが、そこにも私の意思は存在しない。
母によると、先生から苦情が出たということらしい。

「学校生活でゴムが外れることもあるが、
自分で出来ない髪型だと
先生がいちいち生徒の髪型を整えなければならず
仕事に差し障りがあるので困る。」
・・・私はこのようなことを母から伝え聞いた。

この出来事で、私は母から二つのメッセージを受け取った。
1・先生に迷惑をかけてはいけない(=人を頼りにするな)
2・私の髪型は母の一存で決められる(=自分の意思をもつな)

母は、先生と私の関係を分断し、見事に私を囲い込むことに成功した。

小学校1~2年の頃は、集団生活になじめず
私はこの先生を何度も困らせた(と母から聞かされた)。

「懇談会に行くと、先生が顔をしかめて
『なんと言いましょうか、お宅のお子さんは・・・・』
と言われるのが嫌で、行きたくなかった」
そう母が言っていたのをよく覚えている。

私は、先生にも母にも迷惑をかけるダメな子なので、
人に頼らず自分で出来る子にならないといけないと、
小さいころに固く誓ったのだろう。

そして、やがて大人になった私は、
人からの親切を受取らず、自分で出来ると跳ね除け、
人に親切にされるのは自分がダメだからだと
自虐するようになった。

誰ともつながれない私のルーツを象徴する出来事である。


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