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人の記憶って都合がいい

大学時代のOB会・同窓会シリーズ最後となる
ギタークラブの同期会が行われました。

全部で7名、私は紅一点として参加。
1人は20年ぶり、その他は全員、卒業以来初めて会いました。

みんなすっかりオジさんになっていました。
彼らの姿を見て、自分も立派なオバさんだということを
自覚するしかありませんでした^^;

でも、話すと昔のまんま。
よくしゃべる人、ボソボソしゃべる人、物静かな人、
落ち着いた人、リアクションの大きな人、まとめ役の人。
6人それぞれの持ち味は、オジさんになった今でも
立派に引き継がれていました。

すぐに居心地のいい空間に包まれてしまったのは、
私の中にも、彼らの醸し出す雰囲気や人格みたいなものが
記憶として刻み込まれているからだと思いました。

それぞれ、昔の思い出話を披露するのですが、
案外人の話は覚えていても、自分の話は忘れているもので、
「全く記憶にない」「そうやったっけ~?」の連発。
「あいつは会うたびに、その話ばっかりしていた」など、
人によって強く印象に残る部分が違っていたりもしました。

人は実に、自分に都合のよい記憶を都合よく覚えているし、
都合が悪い記憶は、忘れてしまうものだなぁと思います。

私にとって都合のよい記憶は、ダメな自分を裏付けるものでした。
そのことで動けなかったのは、そんな自分に囚われているから。
いや、本当は逆で、動きたくない(変わりたくない)から、
ちょっとした記憶も、ダメな自分を裏付ける記憶に
塗り替えて(←記憶の操作)自分を動けなくしていたのです。

私が長い間、みんなと距離を置いていたことも、
他のみんなにすれば、どうでも良いことだったようです。
(距離を置いていたことさえも気づかれていなかった、笑)
私は、ダメな自分になるために、「劣等感を感じるから会いたくない」と
自分自身に思い込ませ(←記憶の操作)人から逃げていました。

私は何十年も観客なしの一人芝居をしていたようです。
もし、観客がいるとすれば、脳内に住み着いている母親です。
傍から見れば、一人芝居をしていることも観客がいることも、
誰にもわからないし、そんなことどうでもいいことでした。


※あなここ理論「記憶の操作」については、下記に詳しい解説があるので、
興味のある方はぜひ読んでみてください。

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