--

--

コメント

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
管理者にだけ表示を許可する

03

07

コメント

関門トンネル

『トンネルを抜けるとそこは「山陰」であった。』(川端康成風に)

私のスカイプのアイコンは関門トンネルです。
福岡に長く住んでいるのにもかかわらず、
昔から博多にはあまり愛着のない私です。
それよりも、関門トンネルの向こうには
いろんな思い出がつまっています。

セッションで、なぜこの写真なのかと聞かれても
「『山陰』の方によく行っていたから」と
漠然とした言い方しか出来なかったので、
ちょっとここで具体化してみようと思います。

まず、改めて「山陰地方」という言葉を調べてみると、
一般的には島根県や鳥取県を指すのだそうです。
しかし、私にとっての「山陰」は、
山口県の日本海側というごく狭い範囲でした。
ここに話が通じない原因がありました。


それはさておき、、、

関門トンネルを抜けた、私の最初の楽しい思い出は、
小学校時代に仲良しのいとこの家族と行った海のキャンプでした。
場所を調べると、阿川(下関市)という日本海に面したところです。
キャンプ好きの父が率先して計画し、私達子どもを楽しませてくれました。

その時の父は、とてもかっこよく見えました。
テントを張ったり、飯ごうでご飯を炊いたり、
周りの叔父さんたちも一目置いているように見えました。
そんな父の娘であることを、誇らしく感じたものです。

後に、小学校で担任の先生から、どこでキャンプをしたの?と尋ねられ、
はっきりした場所もわからず「あがわです」と答えると、
先生はしばらく考えて、「あ~、阿川ね」と分かってくれました。
阿川という場所が、ひとつの自慢の場所となりました。

あとで、父に改めて場所を聞くと、「山陰の方だ」と説明されて、
それ以来、私も真似して「山陰」という言葉を使うようになりました。

たぶん、それがキッカケだと思うのですが、
中学から大学まで、遠足や研修などで、青海島、油谷町、萩など
何度も何度も山口県の日本海側を訪れては、
その場所その場所をしっかりと刻み込みました。


ちなみに、大学時代の彼氏の実家も萩市にありました。
夏休みに、免許取りたての私が100キロの距離を1人で運転して
遊びに行ったことがありました。

そして今週末は、大学時代の別の同級生の実家(下関市)に、
同級生7人とお参りに行きます。

偶然ですが、2人ともいまや故人となりました。
色んな思いはありますが、
私にとっての「山陰(山口県の日本海側)」は、
青春時代の大切な思い出のつまった場所であり、
近いけれど非日常を味わえる場所でもあったのです。

関門トンネルは、その入り口としての象徴なのです。


関連記事
管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。