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関門トンネル

『トンネルを抜けるとそこは「山陰」であった。』(川端康成風に)

私のスカイプのアイコンは関門トンネルです。
福岡に長く住んでいるのにもかかわらず、
昔から博多にはあまり愛着のない私です。
それよりも、関門トンネルの向こうには
いろんな思い出がつまっています。

セッションで、なぜこの写真なのかと聞かれても
「『山陰』の方によく行っていたから」と
漠然とした言い方しか出来なかったので、
ちょっとここで具体化してみようと思います。

まず、改めて「山陰地方」という言葉を調べてみると、
一般的には島根県や鳥取県を指すのだそうです。
しかし、私にとっての「山陰」は、
山口県の日本海側というごく狭い範囲でした。
ここに話が通じない原因がありました。


それはさておき、、、

関門トンネルを抜けた、私の最初の楽しい思い出は、
小学校時代に仲良しのいとこの家族と行った海のキャンプでした。
場所を調べると、阿川(下関市)という日本海に面したところです。
キャンプ好きの父が率先して計画し、私達子どもを楽しませてくれました。

その時の父は、とてもかっこよく見えました。
テントを張ったり、飯ごうでご飯を炊いたり、
周りの叔父さんたちも一目置いているように見えました。
そんな父の娘であることを、誇らしく感じたものです。

後に、小学校で担任の先生から、どこでキャンプをしたの?と尋ねられ、
はっきりした場所もわからず「あがわです」と答えると、
先生はしばらく考えて、「あ~、阿川ね」と分かってくれました。
阿川という場所が、ひとつの自慢の場所となりました。

あとで、父に改めて場所を聞くと、「山陰の方だ」と説明されて、
それ以来、私も真似して「山陰」という言葉を使うようになりました。

たぶん、それがキッカケだと思うのですが、
中学から大学まで、遠足や研修などで、青海島、油谷町、萩など
何度も何度も山口県の日本海側を訪れては、
その場所その場所をしっかりと刻み込みました。


ちなみに、大学時代の彼氏の実家も萩市にありました。
夏休みに、免許取りたての私が100キロの距離を1人で運転して
遊びに行ったことがありました。

そして今週末は、大学時代の別の同級生の実家(下関市)に、
同級生7人とお参りに行きます。

偶然ですが、2人ともいまや故人となりました。
色んな思いはありますが、
私にとっての「山陰(山口県の日本海側)」は、
青春時代の大切な思い出のつまった場所であり、
近いけれど非日常を味わえる場所でもあったのです。

関門トンネルは、その入り口としての象徴なのです。


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Author : けい


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あなここでACの回復を目指しています。

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