--

--

コメント

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
管理者にだけ表示を許可する

02

16

コメント

「人がいる」ということ

最近、ギタークラブの話ばかり書いています^^;

先日、昨年亡くなったクラブの同級生のお参りに行ってきました。
彼もまた、とても愛情深い人でした。

彼とは、大学時代よりもむしろ、卒業してからの方が、
細く長いお付き合いが続いていました。
というのも、彼は毎年せっせと私に、年賀状を書き続けてくれたからです。
今どき珍しい、裏も表も手書きの年賀状。
近況報告をかならず添えて、毎年たくさんの人に書いていたそうです。

それだけではありません。
友達の結婚式には遠方からわざわざ出席するし、
ときどき友人を思い出しては電話をしてみたり、
自分と関わった人をいつまでも心に持ち続けていました。

生涯独身だった彼の訃報は、実家のご両親たちの手によって、
彼が書いていた年賀状と同じだけの枚数が、喪中ハガキとして送られました。
それを知って驚いた友人たちが、今年に入って
次々にご実家に連絡をとったり、手紙を書いたり、訪問したりしています。

彼がどんな人かを聞かれると、「こんな人だよ」とすぐに説明ができます。
好きなモノが明確で分かりやすく、人にやさしいからです。

お母さまが彼の部屋を整理していると、大学時代のアルバムやハガキが
捨てられずにごっそり出てきたそうです。
好きな鉄道関係のもの、たくさんの本やCDも、残されていたとのこと。
転勤で引っ越しも多かったのに、それらをずっと手元に置き続けてきたことに、
彼の〝人となり〟が分かります。

もう30年も会っていないにも関わらず、
こんなにも私の中に居続けるとは思いませんでした。

私が勝手に人と距離を置こうとしていた時期も、
彼は変わらず、私に年賀状を送り続けてくれました。
そしてときどき短い電話ももらっていました。
結果的に、同じ学年ではただ一人、つながっていた人でした。

そして彼のおかげで、他の同級生と再びつながりました。
今回のことをきっかけに、また集まろうかという話になったのです。
来月、30年ぶりにみんなに会いに行く予定です。

亡くなった彼にはちゃんと「人の存在」がありました。
そして、私の中にも「彼の存在」がちゃんと残りました。

居なくなってからでしか、感じられなかったのは
とても悲しく、寂しく、つらいことですが、
彼にずっと「見てもらっていた」のだと感じることが出来て、
今はとても満たされた気持ちです。


関連記事
管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。