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地震と違和感

2016年振り返り④

今年4月、熊本地震がありました。
その時ほど、自分の違和感を意識したことはありません。
この機会に、自分自身の内面で起こったことも
振り返ってみます。

当時、揺れて怖いという感覚よりも先に、
パニックになって固まっていました。

あの時、私はオフ会で博多にいました。
直後に話を聞いてもらえる仲間はいたのに、
感情は出てくることはなくて、
周りの人が地震の話をするのを聞きながら、
何も感じられない自分に違和感を感じつつ、
ただただ、人の話に同調していました。

あなここのメンバーから、
息子を心配してくれるLINEが入り、
家に一人でいた息子のことに初めて気持ちが向きました。

そこで初めて息子に連絡をとったのですが、
深夜ということもあり、返事は来ませんでした。
それでも、まあ大丈夫だろうと、気持ちを逃しつづけました。

私は熊本に、たくさんの友人がいます。
きんたろうさん、りんりんさんもいます。
その人たちのことを考える心の余裕は、
正直ありませんでした。

会社にも熊本支社があり、電話で話す機会がたくさんあります。
儀礼的にせよ「大丈夫ですか?」の一言が言えなかった。
当時、連絡をするのを避けていた自分がいました。
自分の違和感を感じたくなかったからです。

少しすると福岡に住んでいる私にさえ、
本州に住んでいる友人から
お見舞いの電話やLINEをもらいました。
そのたびに私は、嬉しい気持ちよりも
自分は皆と同じようにできなかったと落ち込みました。

その次に自分がやったこと。
私がその時に熊本にいたら、
息子が一人暮らしをしていたらと、
妄想を膨らませて、自分がいっぱいいっぱいになりました。

違和感を逃す、落ち込む、妄想を膨らませる・・。

この状況を、今、客観的に振り返ってみると、
「自分しか見ていない私」が浮き彫りになりました。
これでは、人の気持ちを受け取れないし、
人のことを思いやることもできません。

とても痛い・・・状況です。
この経験を、自分への戒めにしていきたいです。


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