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滑稽は個性のひとつ

昔に比べて、落ち込んでも立ち直りが早くなってきたなぁと思う。

あなここではもう、自分の変さを隠す必要もなくなってきた。
隠さなくていいのは楽だ。

落ち込む状態って、隠しているものに、
自分で気づいてびっくりしている状態なのだと思う。
隠したいものだから、到底人に見せられないし、自分でも見たくない。
たぶん、あることすら認めたくないもの。

しかし、思うに、
自分の変さや滑稽さは、
全く無くなってしまうことはないのではないかという気がする。

たとえば「無感覚」ということ。

セッションでそこが滑稽だと言われると、
無感覚なのは悪いことなのだという図式が浮かぶ。

私の中には一本の線しか引けてなくて
感覚が「ある」人より「ない」人は劣っているから、
それが劣等感を生み出していたのだと思う。

でも、一般人が、感じてない人が何を感じてないのか想像することはできても、
感じてない人が、一般人が感じているものを想像することはできない。
ある程度までは回復できても、一般人レベルにはなれないのだと思う。

私は人のもつ「殺気」を感じられなくて、
無防備に近づいていってトラブルになることが多かった。
自分としては是非直したいところ。

でもそれを「怯えてないから話しやすい」と言われると、
ああ、これは私の「個性」なのかなと受け入れられた。

そう、受け止め方を変えるだけで
劣等感を感じることも、減ってきたような気がする。

人間の世界って、本当は一本の線ではなく、横にも広がって、奥行きもあって、
実は色もついていたりするのかもしれない。
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