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続「甘え」考

引き続き、「甘える」ということについて考えています。

私のイメージは、
「甘える」=子どものすること
でした。

先日書いた、「何か買ってもらう」とか、
「おねだりする」というのが具体的なイメージです。

元夫に結婚する前、言われたことがありました。
「君は甘えてこないよね」
「〝なんか買って~〟とか言わんし」

私は、彼は〝子どもっぽい女の子〟が好みなのだと解釈し、
それでも(私は大人なんだから、甘えたりしないわ)
という気持ちでした。

彼はそのとき私に「もっと甘えてほしい」と言っていたのだと思います。
甘えてこない私に、自分の存在意義を感じなかったのかもしれません。

そんな状態で私たちは結婚したのです。

やがて私は妊娠し、大きなお腹を抱えながら、
仕事を続けていました。
帰りがけにスーパーで買い物をしていると、
同じような妊婦さんとご主人らしきカップルを
よく目にしたものです。

今考えると、その姿を見るたびに無性にうらやましく、
それでも夫に「買い物に着いてきて」の一言が言えず、
(なぜ、こんな荷物を妊婦に持たせて平気なんだろう)と
夫に怒りを感じながらも、その気持ちさえも封印していました。

甘えるのが子どものすること、
我慢するのが大人のすることだと思っていたからです。

つまり、私は、彼に対して(察してよ!)と思っていたのに対し、
彼は、普段の私を見て、そんな要望など持つはずがない
と思っていたでしょう。

今考えれば、「一緒に買い物に着いてきて」とか
「荷物を持ってくれる?」と、言葉に出して頼むことが
“甘える”ということだったのかなと思います。

私に“甘える”ことができていれば、
二人の関係は少し違ってきたかもしれません。


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