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アイドリングストップ

何をいまさら、とも思うが、
私は普段、何も考えない・感じてないのだとやっと腑に落ちた。

きっかけは、別府オフ会のとき、
カラオケやボウリングを、みんなでワイワイやっている中で
そのスキマ時間に、ふと「無」になってしまった瞬間があり、
ボイスで、その時のことを聞かれたのだ。

それは私の普段の状態だった。
何も考えない・感じてない、まさに人形かロボットか。
そしてその様子は、はた目から見ると確かに違和感だ^^;

私は普段、アイドリングストップ状態なのだ。

脳を動かさず、五官を閉じているので、
周りにただよう情報を自分の中に取り入れることなく過ごしていた。

それが、雑談が出来ない、ということにもつながる。

では、どんな時に行動しているのかというと、
外部からの刺激で怯えが入るときだと思う。

やらないと母から認めてもらえないような気がしたり、
みんなと同じようにできなくて孤立することに怯えが入って、
身体が動かざるを得ない感じになるのではないかと思う。

そのことで、一つ思い出したことがある。

あなここに入って間もないころ(当時は文字チャだった)
私は“反応”で笑っているとりんりんさんから言われ、
当時は、さっぱり意味がわからなかった。

たぶんそれは、
周りが笑っていることを認識し(外部からの刺激)
ここは笑っておかないと孤立すると怯え(脳が働かされている)
笑うという行動をとる(刺激に対する反応)
ということだったのだと、今ならわかる。

こんなことをいつもやっていたら、人といて疲れるのは当たり前。

そして極めつきは、考えない・感じてないからいつも空虚だ。
そのからっぽな感じが、あるときたまらなくなり、
衝動的に埋めたくなる行動が、配列や直角思考などだろうと思う。

いずれも、自分の意志や感情からの行動ではなく、
人からアクセルを踏まれて、無理やり走らされている車のようだ。

これが滑稽と言わずして何と言う~。
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