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「じぃじの皮」

私が幼稚園のころ、母がよく作っていた料理。
アジに衣をつけ油で揚げて甘酢で炊く。
料理名は知らないが、私は「じぃじの皮」と呼んでいた。

じぃじとは魚の幼児語。
皮は魚の皮。

私はその料理が食卓に上るたび、
魚の皮をはがして食べていた。
皮は甘酢の味が濃厚だった。

アジの身は母がむしってくれた。
食べると時々骨がのどに刺さって痛かった。

口を開けて大泣きする私に、
オロオロする父と母。

左隣に座っている父は、
ご飯を丸呑みすると治ると言い
言われたとおりにやると
すっかり骨がとれた!
顔を見合わせてにっこりと笑う父と私。

また別の時は、
泣きながらご飯を何度も呑みこんでも
骨がとれなかった。

正面に座っている母が
身を乗り出して、私の口の中を覗き込む。
そして指を突っ込んでおっきな骨を取り出した。
「見てごらん、こ~んなにおっきい骨!」
一仕事終えてお互いに顔を見合わせる母と私。

のどが痛くて泣いていたのに、
なぜかほっこりした気持ちになる食卓の記憶。
父と母に囲まれて、嬉しい夕ご飯の光景だ。

それ以来、私は甘酢で味付けした料理が好きだ。
アジの南蛮漬けや酢豚は
面倒でも作って食べている。

自分の好みの味付けのルーツには、
幼いころの記憶がしっかり根付いていた。

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08

08

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喪失感と拒絶

(セッションと振り返りの覚書)

私の喪失感とは、
自分らしさを喪失していることだ。

好きなモノ、趣味・嗜好が分からず
一体自分は何処に立っていて、
何処に向かっていきたいのか。
目的が定まらず、ただそこにうつろうだけ。
私の空虚さはここからくるのだと思う。

喪失感は、拒絶されたことから生まれる。
そもそも、自分らしさが培われる場所は
家庭であり、母親である。
しかし、そこはありのままの自分が拒絶され、
偽りの自分が受け入れられる場所であった。

やがて、拒絶されることに怯え、
人を拒絶していく日々を繰り返し、
ますます喪失感を深めていくことになった。

この循環を断ち切らなければならない。
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07

29

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セッション代のこと

あなここでセッションを受け初めて、
9年目になります。

しかし、セッション代としてどれくらい払っているか、
今まであまり気にすることはありませんでした。

それは、決して私がお金持ちだからということではなく、
単にお金の出入りに向き合うことを
避けてきたからでした^^;

先日、毎回の振込手数料を節約するため、
9年目にしてやっと、振込専用の口座を開設しました。

取り急ぎ、1ヶ月分のセッション代を
現ナマで入金したのですが、
何枚もの諭吉さんを手にした時
毎月これだけの金額を支払ってるんだと
金額の大きさを、改めて感じたのでした。

決してセッション代が高いという
文句を言っているのではなく、
セッション代の重み、みたいなものを
初めて意識したということなのです。

私はココナラの活動を通して、
自分たちがもし、人様のカウンセリングをする時
どれくらいの報酬をいただこうかと
考えたことがありました。

自分に自信がないので安く……
ついつい、そう考えがちですが、
安い金額ではとてもやってられないよなぁと
そんな風にも思います。

そして、自分が設定した金額だけのことを一生懸命やろう、
相手がその値段に納得するかは別問題、
そんなふうに割り切って考えるようにしました。

そう考えると、あなここのセッション代は
ココナラの何倍もの金額ではありますが、
それだけのことをきんたろうさんやりんりんさんは
私たちにしてくれてるんだなぁと思います。

セッション代が高いか安いか、
そのことがセッションで話題になることがあります。
あなここのセッション代は
相場からするととても安いとも。。。

今までそんな話を聞いても、
ふーん、そうなんだ、
くらいにしか聞いていませんでした。

セッション代を無自覚に払っていくということは、
してもらったことにも無自覚になっている
ということでもあったのです。

それは自分が仕事でどれがけ稼いでいるか
ということにも無頓着だということです。

よく、私は経済的な自力があると
言ってもらっていましたが、
自分ではなかなかそれを認めたくありませんでした。

それは遠慮している、とかではなく、
自分が無力なままでいることが
動け(か)ない理由になっていたのです。

つまり、動きたくないから認めたくなかった
とも言えます。

自分が世間一般でいう経済的な自力があるのか、
あなここのセッション代が相場からすると安いのか、
そこを正しく認識することは、
客観的に物事を見ることにも繋がります。

セッション代が自分にとって
経済的に払えるかどうか、ではなく
してもらったことへの対価として受け取れるかが
大事なのだと思います。

お金の価値を知ることは
自分の価値を知ることでもあるような気がします。





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05

23

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タイムラグの後、気づいたこと

先日、実家に帰って母と色々な話をした。
母の「終活」のこと、息子の「就活」のこと、
久しぶりにじっくり腰を落ち着けて話をした。

母は「息子を近くで就職させなさい」と言う。
「今になって、子どもがそばにいると、
どんなにありがたいかわかるよ」と。

その言葉を、空返事をしながらボーっと聞いていた。
ああ、私はこうやって不快を感じないように、
右から左へ言葉を流して聞いてるんだと自覚した。

考えたら、不快極まりない言葉だった。
「~~しなさい」という命令口調。
口癖になっていて、母も命令しているという自覚はないはずだが、
私にとっては立派な「命令」だ。

そして、自分の利益のために子どもの人生を制限する発想。
散々人生を制限してきたわが子に向かって、
「私はとっても良かったから、あなたも自分の利益のために
子どもの人生を制限しなさい」と「命令」する、
その罪悪感の無さ。

悔しいかな、タイムラグを生じて、
やっと自分が無自覚にならざるを得なかったことを理解した。


先日、職場でもこういうことがあった。

A子さんは、B子さんが嫌いだ。
ときどき、その嫌悪感を私にぶつけてくる。
数時間後「さっきはすみません」としおらしくする。

それは初めてのことではなかった。
数年前、A子さんはC男さんが大嫌いだった。
そのときも同じで、あとから「すみません」と一言付け加える。

しかし、何度も繰り返すのは何も悪いとは思っていない証拠だ。
その場を収めるために「すみません」というだけ。

これも、タイムラグを経てやっと気づいたこと。

私は、いいように人の感情の吐き捨て場にされていたんだと思う。
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05

07

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毒親かどうかは紙一重

NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』を観ています。

主人公は「鈴愛(すずめ)」という名前の女の子。
彼女が生まれてから、どのように育ってきたのか
丁寧に描かれていて、
時代背景が懐かしいのもあり、
いつも自分自身と重ね合せながら見ています。

鈴愛は片耳が聞こえません。
そのことを母親は不憫に感じています。

鈴愛が高校3年生になり、就職先を探しているのですが、
試験に片っ端から落ちてしまいます。
そこで、母親は内緒で、おじいちゃんのツテを頼って
農協に就職できるようにお願いしました。

一方の鈴愛は、就職先を探しながら、
自分の好きな漫画家への道を見つけようとしていました。
そして、農協への就職を断って、東京へ行こうとします。

母親「あんたが東京へなんかでやっていけるわけがないやろ?」

私自身も母親から似たような言葉を聞かされました。
なので、ドラマの中でこのセリフを聞いたときには
ムキッとなったものです、笑

ここで親子のバトルが始まってしまうのですが。。。

このときの母親の心情を察すると、
ざっとこんなところ↓でしょうか。
○娘を憐れんでいる。
○片耳が聞こえないから就職先が見つからないと思う。
○娘を自分の手もとに置いておきたい。
○就職の世話をしてくれたおじいちゃんに悪い

これだけ見ると、毒親そのものです。
しかし、鈴愛の母親に毒親らしさは感じられません。

この差はどこからくるのだろうかと考えてみました。

◇家族内での風通しのよさ
鈴愛・父・母・弟・祖父の5人家族ですが、
娘の問題を、母親を中心に弟やおじいちゃんも巻き込んで
みんなで考えている。

◇家族ぐるみでお付き合いしている別の家族の存在
母親が自分の家族の問題を素直に打ち明け、相談している。

地域性もあるのかもしれませんが、
とにかく町内全体が風通しがよいのです。
母親は娘の気持ちも聞き、人の意見も聞き、
最終的には娘を東京に送り出す覚悟を決めます。

毒親になるかならないかは、本当は紙一重なのかもしれません。
要は人の話を聞ける人間なのか、ということだと思います。

鈴愛自身も耳の障害をちっとも否定的にとらえず、
「私にはこういう風に聞こえる(見える)よ」と
大人たちに素直に伝えようとします。
それがタイトルの「半分、青い。」です。

私はこう感じる。
私はこうしたい。

考えてみれば、鈴愛はいつも自分軸でした。
そういう風に育ったのも、母親がいつも
娘の話をよく聞いてあげたからだろうと思います。


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